2013年4月4日
医療者・治療家等を対象に開催した「トランスファー療法」合宿の中でのお話です。


(症状を訴えている人は)自分の“存在の意味”や“存在の価値”を見失っているのです。

“存在の意味”をしっかり持っていれば、今現れている症状は、大した問題ではありません。
大した問題でないことを、問題にして訴えている“その人”が治療者の目の前にいるわけです。

たとえば、膝が痛いという訴え自体は、全然大した問題ではない。
にも関わらず、問題にしているのはなぜなのか。その訴えの奥にあるものはなんなのか。

“存在の理由”を見失っている、ということなのです。

“存在の意味”があってこそ、その人があるわけですから、治療する人間に求められているのは、「人の存在というものをどの程度、どのレベルで理解できているのか、自分のものにしているのか」ということなのです。
つまり、自分自身。
自分自身の“存在の意味”や“存在の価値”が問われているということなのです。
“存在の意味”を自分がどれほど掴んでいるのか。自分の“存在の価値”を高めるトレーニングの場が、臨床です。

たんに治療の数をこなすことには意味がありません。目の前のその人が訴えていることの、奥にあるものを“つかむ”ことこそが重要で、その訓練の場が治療です。
トレーニングの中で、自分が本質をつかみ、“存在の意味”を持つこと。
まずは、そういう自分になることです。

これが、治療をする人間に与えられているチャンスです。
私が医療者などを対象に指導を行なっているのは、こういった理由からです。
トレーニングの場を持っているという意味において、“本質”を掴むことに近い存在だからです。
臨床を通して、自分の“存在の意味”や“存在の価値”を確信してほしいと思います。